茅葺き屋根のように見えるが、実は最近の建築。で、セルフサービス型の宿泊施設でもある。そんな民家風の家屋が連なって、昔ながらの里山の風景が広がっていた。紀泉わいわい村というところだ。その宿泊施設にある五右衛門風呂に入りたいねんということで、妻と下の娘と三人でそこへ一泊旅行してきた。
泊まりの旅行は10年ぶりぐらいになる。下の娘にとっては初体験(幼稚園のお泊まり保育はほとんど記憶にないらしい)で、しかも食事は自炊。それも薪を燃やしての作業になるらしかった。どうもすっかり妻にまかせてしまって、予定の段階を一緒に楽しめなくなった自分を申し訳なく思う。
車で一時間強ぐらいだった。駐車場から管理棟に向かう。写真で見ていたとおりの里山の風景がひろがっていた。郷愁を誘う。......たしかにそんな言葉になると思った。田んぼのあいだを川が流れ、むこうには山が見える。あぜ道のようなところで子どもがあそんでいた。
チェックインの時間より早くについたので、それまで近所をハイキングすることになる。そのためのお弁当も、コンビニランチだが用意してきていた。健脚ではない者でも往復で2時間ほどのコースだった。
歩き始めてすぐ、不法投棄されたゴミが嫌でも目に入りだす。心の腐った者たちが徘徊して捨て場所を探していたのだと思うと、気持ちがささくれて殺気立ってくる気がする。しかしひととき目をそむけて、楽しむことを優先するしかないだろう。せめて書き留めることがもっともささやかな抗議にでもなれば。
一時間もしないうちから、下の娘が「おなかがすいた〜」と言いだした。お昼の時間まで間があるし、適当な場所もないのでもう少しもう少しとひっぱったが、とうとう路肩のちょっとしたスペースでお弁当になる。できたら食べてるあいだは車も人も通らないでほしいと思っていたが......車も、犬の散歩の人も通った。
ちょこっとだけ尾根道を歩き、ハイキング気分を味わって――実はけっこう足腰にキテたりして――わいわい村に戻った。チェックインして宿泊棟へ。
広々とした土間から八畳の和室にあがれる。そのとなりが囲炉裏のある部屋で、六畳ぐらいか。しかしそんな印象よりも、エッと思うほど部屋中が煙臭かった。あとからその理由を思い知ったのだが、備え付けのへっついさんの煙突が短く、家の中で煙を発散するためだった。なんでやねん......と思うが、そういう設計らしい。そして流しのところにはIH式のコンロがあるというギャップ感がまたおもしろい。
村内を散策したあと、風呂沸かしと夕食作りにかかった。メニューはうどん鍋だ。へっついさんでご飯とうどん鍋を炊き、囲炉裏の部屋で炭火で鍋をあたためながら食べるという段取り。まさか部屋の中に煙が充満する設計とは思っていなかったわたしは、意気揚々と、窓もあけずに快調に薪を燃やしはじめたのだった......。しばらくして、下の娘が目が痛いと言いだし、ようやく事態を理解してすべての窓を開けてまわった。
先にお風呂が沸く。五右衛門風呂は、懐かしいと言えば懐かしい。繊維関係の町工場だった生家の風呂は、染色用の円筒形の浴槽を利用したもので、五右衛門風呂に似ていた。また高校生のころに一週間ほど滞在した信州の農家は、これは本当の五右衛門風呂だった。そのとき以来だった。
ここで初めて書くことになるが、下の娘は少し鼻風邪でもひいているのか、朝から妙にテンションが低い感じだった。体調と同時に、精神的な発育のひとつの節目が来ているようでもあり、物思いをしているようなことも多い。お風呂の時間はさすがにちょっと興奮ぎみだったが、どこかしら落ち着かなくもあり、お風呂でリラックスというところまではいかない感じだった。シャワーがないのも勝手がちがったかもしれない。そんなこんなが入り混じって、彼女の原風景の一つのような体験になるのかなぁ、などと思う。
ご飯が少しかためだったが、なんとか夕食の準備ができた。囲炉裏を囲んでの家族三人の食事になる。三月の終わりにしてはとんでもなく寒く、炭火の暖かさが心地よい。静かで、ゆったりした時間だった。
食事が済むと......さて、することがない。テレビもない。携帯電話も電波が届かない。とにかく家で一人留守番をしているわたしの母に電話をしようと、片づけを妻に押し付けてしまって、公衆電話のある管理棟まで下の娘といくことにした。
まだ完全な夜空ではなかったが、夜道は十分暗かった。下の娘の緊張がわかる。とりあえず風邪ひくなよーと思う。電話でおばあちゃんと話し、おやすみを言った。
部屋に戻り、とりあえず布団を敷く。八畳間に三つの寝床だから、我が家とは比べ物にならないほど広々している。もう寝るの?嫌だー、なんかしてあそぼーとわめいていた下の娘に、とりあえずハミガキを言っていたが、みがきにいかない。しばらくしてなぜいかないかがわかった。洗面までの土間越えの道のりが遠く、暗くて恐かったからだった。そりゃそうだろうなぁ、と一緒にいき、ついでにトイレも済ます。
このところ続いている寒さが、当たり前だが市内よりも厳しく、冷え込んでくる。部屋には暖房もない――囲炉裏を使えばいいのかもしれないが――ので、毛布を多めに出し、結局布団に潜り込むことになった。下の娘がなぜか二つの布団で三人で寝ることを強く主張。家と同じ密度でないと落ち着かないらしかった......。かわいいものだ。
おそらく親とべったり過ごすのもこの一年が最後だろう。そう思うとついつい甘くなる。というより親の贅沢として大事に過ごしたい気がする。
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