2009年10月アーカイブ

ソフトな夜

 娘のソフトボールチームの懇親会。15人と、わたし的には大人数の宴会だった。しかし内訳は現役の子どもの父親が5人で、それ以外はすべてOBの人達。いろいろな裏話や打ち明け話が飛び交い、時とお酒がすすむにつれ、その内容もディープなものになっていく。
 わたしがよく娘とキャッチボールすることについても、彼女がチームに解け込む事を遅らせるというニュアンスで言われたが、これは想定内。そんなことはこちらも百も承知で、それでも仕方がないかと思ってやっていることだ。ここへきて娘もようやく前向きなところが出てきたので、ほっておいても自分から出ていくだろう。

 なんだかんだ言って、現在20人の子どもに15人の親父たちが関わっているのだからすごい。うちの子供会で言うと、70人の子どもに対して、母親を入れてせいぜい10人ぐらいか。後半、ボス格の方と話しているうち、その人が言われた。
 ----こうして酒飲んでわいわい好きなこと言うてますけど、結局、これもそれも子どもらのためですわ。まぁようしゅう頼んます......。
 OBの方だから、もちろん子どもというのは他人の子のことだ。それも親がどんな人間なのかといったことはずっと遅れて、かつほとんど関係ない状態で、子どもたち自身と関わっていく。わたし自身、子どものころからこういった「地域の人」との関わりがなく育ったためか、子育て、教育、といったことに親とプロ以外の人間も関わるものだという意識が皆無だった。しかし経験が増えるに連れ、その重要さというのか、子どもにとっての大きさを思い知る気がする。

 二次会は現役親父のみ。話題は来年の監督人事だ。これは適任がいるのでわたしは気楽にしていられる。しかし広報担当というのか、web制作をすることになった。おそらくは無報酬だろう。こういう話は多いのだけれどねぇ......。


Unbelievable...

 人付き合いというのは難しいもの。というと大仰な気もするが、今どきは、日々の付き合いの中でのメールのやりとりで疲れること、腹の立つこと、傷つくこと、たまらなくなることがよくある。
 今回はそれがバンドで起こった。
 そんなことは本当は考えていないだろうに......と思いながらも、次々と繰り出される刃物のボールのような言葉に戸惑う。受けとめれば傷つくし、かわせば腹が立つ。それが文字だからのことか、考えが表出したのかと眉をひそめるうちにわけがわからなくなっていく。そして一線を超えた言葉が、修復のきかない状況を作り出してしまう。

 なんでこんなことになるのだろうねぇ......。

ソフトがいっぱい

 学校行事やインフルエンザなどでなかなか公式試合が消化できない娘のソフトボールチーム。そんな中の明日の試合に備え、本日は午前中に加えて午後も練習とのこと。途中、公園での行事に出場する選手の応援や、驟雨などもありながら、午前7時半から午後三時半までの約8時間の練習をこなした。

 しかしすごいなぁ......。一日中の練習というのはわたし自身の経験としてもあまり思い当たらない。頻度にもよるが、そうして付き合ってくれる大人が居ること自体が財産だと思う。そのときは大変だろうが、娘にとってもよい経験になるだろう。帰宅後は睡没......。

 途中応援にいった行事では、仲間の選手がストリート系のダンスに出演していた。朝から、坊主頭にさらにラインの刈り込みを見つけ「どうしたん?」と訊き、ダンスのためだと聞いてはいた。和服をアレンジしたような衣装で踊る彼はなかなかのダンサー。野球のときの様子からは想像がつかない......と思いながら、ついこないだわたしのバンドのライブを見た人に「別人のような......」と言われたことを思い出していた。まぁでも、わたしの世代では、同年齢のころにはなかった世界だなぁ。

PTAソフト

 なかなか勝てないPTAのソフトボールチーム。誘われて去年からわたしも参加しているが、膝や肘に痛みが出て、あまり納得のいく状態ではなかった。今年、尿酸値を調整する薬を飲むようになり、ソフトの練習で痛めたと思っていた膝や肘がよくなり、けっこう動けるようにもなっていたつもり。それがここへきてまた膝がおかしくなってきた。加えて、なんと言うのだろう......お尻のあたりから太ももの裏への筋肉痛というのか、いつの間にか削げている筋肉を無理矢理使おうとして痛むような感覚がひどくなっていた。そのへんの話をソフトチームの監督に伝えていたこともあり、今回はベンチ。......はいいのだが、ベンチに残るのは一人で、そういうときのチームが強いとなんともいえない取り残された気分になる。

 それにしてもわたしの脚はどうなってしまったのだろう......。特に太もも裏の筋肉痛のような痛みは、酷使した覚えでもあればともかく、せいぜいがジョギング程度の運動しかしていない。しかも休めておいても治らない。五十肩のようなことが起こっているのだろうか。嫌だねぇ......。

 夜は祝勝会。前日バンドで夜中までスタジオに入っていたわたしは、二次会ではほとんど眠ってしまっていた。

インフルエンザ

 運動会の翌日の代休を利用して、妻子+友だちがUSJに出かけた。そして8日は台風で休校。といっても暴風雨警報は早々に解除され、退屈を持て余した妻子+友だちは温泉プールにいっていたとのこと。優雅な......。それらのどこかでもらってきたのかどうか,はたまた運動会なのかはわからないが、9日夕方から下の娘が発熱した。早速医者で検査を受けたがインフルエンザの陽性反応は出ず風邪薬をもらって帰宅。しかし一晩40度ほどの熱に苦しみ、翌朝再検査。今度はめでたく?陽性反応が出てインフルエンザが確定した。その日の娘のクラスは17人が欠席して学級閉鎖も決定。

 しかし再検査というのはロスだ。当たり前と言えばそうなのだが、発症後あまりに短時間では検査にかからないらしい。ただ学校からは「すぐに検査して......」のようなニュアンスの話もあり、実際に発熱するとあわてて医者に駆けつけてしまうものだ。で、陰性となるとそれはそれで納得もするし、場合によっては再検査のタイミングが遅くなることもあるだろう。それで感染が広がったり、回復が遅くなったりすることがあれば、案外大きなダメージのように思う。そしてちょっとしたタイミングの調整で防げることのようにも思う。発熱後何時間、あるいは体温何度以上で検査みたいな情報があってもいいのかもしれない。



運動会

 娘の小学校の運動会だった。
 子どもの運動会というものに関わるようになってから、かれこれ十年ぐらいになる。特に小学校のそれは、毎回不思議な気分になる。
 最初はショックに近いものがあった4年生の男女一緒の徒競走にも、慣れたといえば慣れた。だが、幼稚な感じのダンスには抵抗が消えない。反面、6年生の南中ソーランには不用意な感動を覚えたりする。

 以下は、書きかけたままになっていた上の娘が6年生のときの運動会についての日記に加筆して......


※   ※   ※


「最高の『笑』」

 上の娘の小学校の運動会。これで小学校生活も終わりなのだなぁと思う反面、慣れというのか、繰り返し感もあるのが正直なところ。幼稚な感じのするダンスというのか、演技というのか、それらを練習させられる子どもたち(下の娘もそうだ)の気分もわかる気がする。

 ちょこんと飛び出るような上の娘の身長が目立つ。ひ弱といえばそうだが、体を鍛えるということについては,できるだけのことはしたよなぁと自分を慰めるように思う。もちろん、すればするだけいいなどということではなく、叱りも、突き放しもしたし、一個の人間としての付き合いもしてきた。つもり。

 徒競走は、少しコンパスが空回りか。
 でもがんばってたな。

 6年生の恒例は運動会自体をしめる組体操と、「南中ソーラン」。北海道だったかの、荒廃した中学校の再生をはかって生まれたものだときく。これは卒業という思いも含めて演技としての完成度もあるし、見る者も素直に感動できるものだ。黒いはっぴのような衣装を手作りして、その背中に思い思いの漢字を一文字入れるのが校風?になっている。その漢字には、夢、風、想、心、嵐、花、力、男、考、炎......といった文字が並ぶ。娘は何の字を選ぶのだろうなぁというのは、わたしにとってかなりの興味でもあった。

 娘が選んだのは「笑」だった。
 ......でかしたと思った。こちらも笑い、こみ上げるものを感じてしまう。何年か見てきた中では、「笑」の文字を背中にまとった子はいなかったように思う。もちろん記憶違いもあるだろうが、それでも娘らしいと思ったし、「笑」の文字を選んでくれたことは嬉しかった。そして誇らしかった。


07warai.jpg
※   ※   ※


 今年、南中ソーランのはっぴには「笑」の字が目立っていた。
 ほんとだよ。......でもわたしたち夫婦ぐらいにしかわからないことかもしれない。
 


久々......&幼稚園の選び方

 がんばって書こうと思っている間にもう4ヶ月......!? 早い早い。
 この間にあったことと言えば、なんと言っても下の娘のソフトボールチームへの参加。右も左もわかりません状態で、ここで書くにもなにをどこまでというのが気になるところだった。記憶にあることで少しでも埋めていければと思う。

 それともう一つは、ひっさびさのバンドのライブ。これは、終わってみればけっこう大きかったなぁという感じか。
 他にもいろいろあったが、早い早いと感じながら暮らしている。


 最近また「幼稚園の選び方」への感想メールをいただいた。何かのタイミングがあるのか、何ヶ月かごとに何通という形でメールをいただく。平均すると月一通あるかないかだと思うが、それでもこういった内容のものについて感想をいただくのは本当に嬉しく、感謝している。

 娘たちを通じての幼稚園生活の記憶はどんどん遠いものになっていく。といって、消えてしまうわけでもない。お世話になった幼稚園の前を通るたびに、園長さんが替わられたが相変わらず楽しくやっているだろうか、園児は増えているだろうかなどと思う。
 どの幼稚園にいったから子どもがどう育ったと、はっきり言えるようなことにはそうそうならないだろう。子ども自身が楽しく過ごせばどんな幼稚園でもいいのかもしれない。ただしその楽しいについて、自分が楽しいのかどうかの自覚さえ怪しい年齢であるのも事実で、先生なりが「楽しいねー」と言えばそれが楽しいという概念になっていくところもある。良質な楽しさというのか、そんなものが得られるようにアシストするのが、大人の立場だろう。育てたように子は育つという題名の本があったが、結局、そのアシストがどういうものになるかで子どものあそびの質も決まっていくのが今の時代であるように思う。

 ......などとまた、とりとめもなく考えつつとりあえず復活。

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